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雑記帳
現在の木版画の流れは、滲み、ぼかし、かすれといった木版の特性を生かした抽象的表現が主流となっている。しかし、木版しか表現手段のなかった時代においては、むしろそれらの特性を出来るだけ排除していたように思う。創作版画の時代になっても、職人上がりの山本鼎、石井柏亭などは、そういうスタンスだった。塙太久馬はその末流にある版画家である。曖昧さを廃した確固たる表現は、風景においては特に顕著で浮世絵版画を見るようだ。
武蔵美を卒業後兄の島田三郎をたよって渡仏し、表現主義的な群像を描いてサロンに入選する。足掛け3年の滞在の後帰国、ほどなく生涯のテーマとなる蝉を発見する。1976年からの蝉殻私情のシリーズは、漆黒の背景に蝉が虚無的な眼差しで佇んでいる。いったい塙はどんな心の闇を伝えようとしているのだろう。いくら”わかってくれ”と見つめられても、観者は、どうして蝉なんだと思うばかりだ。
1984年の版画協会での佳作賞受賞は大きな励みになったとしても、決定的な転機となったのはやはり腎臓病という病だろう。”他人のいたみを知ってこそ、自らのいたみも理解される”とはだれの言葉かは知らないが、神が与えた試練によって、塙は大きく変わってゆく。評論家の言うように、エロス(生)とタナトス(死)の鬩ぎあいを夢想し作品が生れる、といったようなことではなく、死は抗わなければすぐそこにある現実なのだ。
画家の目は外の世界に向けられて行き、病も主要なテーマとして登場するようになる。サバイバルにおいては、背中を向けているのは看護婦で、塙がライフラインというブルーの横線は静脈血管だ。以前闇だった背後には、イラク戦争、不審船、タマちゃんまで描かれている。その頭部においては、血液の赤だとか、蝉の頭だとかはどうでもよい、完璧なフォルムとして描かれている。この作品は、シルクでもリトでも成立しそうだ。所期の手段としての木版画は、ここまでも貫かれており、動機の確かさとあえて木版かと言う点においても、まさに現代美術と言える作品となっている。あとは塙の独自性が、広く認識されるのを待つばかりだ。(不十分な論説をここまでお読みいただきありがとうございました)K.K
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